1986年に誕生し、スポーツウォッチの草分けとなったアイアンマン 8ラップ。初代アイアンマンの愛称で親しまれるモデルが、この度"完全復刻"版として登場する。過去の復刻版と比較しても、最も忠実な復刻となる"2022年版"。初代アイアンマンとは一体どんな時計で、何が特別なのか? 発売を記念して、各界の鉄人たちに話を聞いた。
写真/谷口岳史 文/秦 大輔
昨今、ランナーたちの間で飛躍的に人気が高まっている、スイス生まれのスポーツブランド「On (オン)」。その日本法人であるオン ジャパンの代表、駒田博紀さんは、自らもアイアンマントライアスロンレースに参加する文字通りの"鉄人"だ。そして何を隠そう、前職でタイメックスのマーケティングに携わっていた経歴をもち、初代「アイアンマン 8ラップ」にも造詣が深い。忠実復刻されたアイアンマンの魅力、その意義を、深い縁のある駒田さんならではの視点で語る。
オンジャパン代表 駒田博紀さん
1977年東京生まれ。商社にてタイメックス等のマーケティングを務め、2015年、退職の翌日にオン ジャパンを設立する。空手歴32年。ブログ「駒田博紀の鉄人鍛錬記」にもファンが多く、世界文化社 Begin誌では「アクティブ超人コマダとめぐる 大人の仮入部」を連載中。
──アイアンマン 8ラップとの出会いは?
「タイメックスの"仕事"で出会いました」
以前、タイメックスを扱っていた商社でセールスやマーケティングを担当していたので、そこで出会いました。2005年にアイアンマン 8ラップの復刻モデルが登場したときに、「一番多く売った社員は、ハワイ島で行われるアイアンマンレースの世界選手権に招待する」とお触れがあって。これは行きたい!と思い頑張って、結果一番売りました。買ってくださる取引先をたくさん担当していたので本当にラッキーでしたね(笑)。
アイアンマンレースは、スイム、バイク、ランの3種目で競うトライアスロンレースの1つ。それぞれ3.8km、180km、42.195kmと距離が決まっています。アメリカの軍人が酔っ払った席で「その距離を泳ぐのと漕ぐのと走るのとでどれが一番ツラいか?」を巡って言い争いが起き、「じゃあ確かめよう」となり全部をいっぺんにしたのが始まりなんだとか(笑)。
超人だけが完走できる過酷なレースだとは思っていましたが、ハワイで初めてレースを見て、必ずしも超人だけのスポーツではないということがわかりました。トップアスリートに混じって、80歳くらいの方まで、いろいろな方がゴールを目指して頑張っているんです。そしてタイメックスのアイアンマンを実際に身に付けている人が多かった。販売に携わるものとして、これには感動しました。
──2022年版アイアンマンの"完全復刻"について
「ここまで忠実に復刻できたのは奇跡」
僕がタイメックスの仕事に携わっていたときの復刻とは別モノの、本当に完全復刻なんだなというのが見た瞬間にわかりました。ケースのメタリックなグレーとか。これぞオリジナル。あらためてこの色イイなぁと思いましたね。液晶もオリジナルに忠実だなと。
オリジナルが登場した1986年にはなかったインディグロナイトライト機能が付いていると伺いましたが、前の復刻モデルとは違ってINDIGROの文字は入れていない。こういうところに、復刻に掛ける思いの強さを感じます。前職でタイメックスに携わっていたとき、僕もアメリカ本国に忠実復刻の打診をしては「金型も残っていないような古いものを今更どうして?」とあしらわれたのでよくわかるのですが(笑)、ここまで忠実に復刻できたのは奇跡ですね。
※旗艦店「オン トーキョー」にてスタッフと談笑する駒田さん。
──アイアンマンレースにも参加されていますが、きっかけは?
「仕事でランニングシューズを扱うに当たり、逃げきれず」
中学校の1500m走で限界を感じるくらい走るのが苦手でしたし、違う世界だと思っていたので、まったく挑戦したいとは思わなかったんです。ですがオン・ジャパンで仕事をするに当たって、逃げきることができず(笑)。初めてアイアンマンレースに参加したのは2015年の「アイアンマン ジャパン 北海道」。このときは、スイム、バイクと来て、ランに移ったときの最初のエイドステーションで時間切れとなって完走することができませんでした。ホント死ぬかってくらいツラかったですし、これはただごとじゃないスポーツだ!と打ちのめされましたね。
──それでもアイアンマンレースを続けている理由は?
「気持ちを生でブツけ合う楽しさ」
結局のところ、このスポーツが好きなんだと思います。レースの最中は、あまりにツラくて何度も「オレはどうしてこんなことをやっているんだ?」とか「ここで自転車がパンクしてくれたら棄権できるのに」とか、「脇から急にトラックが突っ込んできてくれないかな」とか、ネガティブな思いが次々浮かんでくるんです。でも他の参加者とハイタッチしたり「頑張れ!」とか「フィニッシュラインで待ってるぞ!」とエールを交換しあったり、気持ちを生でブツけ合う楽しさは、何事にも代え難い。
それに、2016年にオーストラリアで行われた「アイアンマン ケアンズ」で初めてフィニッシュラインを超えて完走したときは、「Hiroki Komada, You are an Ironman!」と読み上げられたときに、なんていうか別の人間に生まれ変わったような気持ちになりました。自分がスーパースターになった気がしたんです。そして、自然と見守ってくれた家族や仲間、ボランティアの方々への感謝の気持ちが浮かびあがりました。仕事じゃなければ始めなかったけれど、仕事だけでも続かなかったと今は思います。
※オンの最新モデル「クラウドモンスター」は、今までにない厚底。ホースをちぎって並べたような独特の中空ソール構造と相まって、優れたクッショニングと反発を実現する。「アッパーのフィット感もよく、履くとより軽く感じられますよ」と駒田さん。
──時計のアイアンマン 8ラップの魅力とは?
「アスリートたちの想いが継承されてきた歴史」
正直に打ち明けますと、最初はこの時計の魅力に気づいていませんでした。仕事で扱うデジタルウォッチの1つでしかなかった。でも、成り立ちを知り、アイアンマンレースを愛する人々がどれだけこの時計に想いを持っているかを知るにつれ、どんどん好きになっていきました。この時計の魅力は、一言でいうと"歴史"。スポーツウォッチの先駆けとしての歴史も意義深いですが、アスリートたちがレースや日常の相棒として身に着け、次世代のアスリートへと伝えてきた歴史もある。想いが継承されてきた歴史が、この時計の魅力なんだと思います。これを理解できたとき、同じ時計が輝いて見えました。
──スポーツウォッチとしての機能性について。
「スタート/ストップボタンの位置が画期的」
左のモードボタンを一度押すと、"クロノ"と出る。これはストップウォッチ機能なんですね。スタートでカウントが始まりストップで止まるんですが、もしレース中にボタンを押し間違えると、自分がどのくらいの速さで走っているとか、残り何分で走らないと間に合わないとか、そういうのが全部わからなくなってしまう。アイアンマン 8ラップが画期的なのは、腕を曲げたはずみでボタンを間違えて押さないよう、フロントにスタート/ストップボタンを配置しているところですね。アスリートのためにすごく考えられた位置だと思いますし、だからこそこれだけ長く、広く愛されてきたのでしょう。
フロントにボタンを配置するために生まれた"Dフェイス"と呼ばれるデザインも、機能美が感じられてイイですよね。これだけの機能を持たせながら100mの防水性を確保するには、大変な試行錯誤があったはずです。
※オントーキョー店内にて、アイアンマン8ラップを身に着けて。「自分もセールスに携わったアイアンマンの取材のお話をいただいて、人生が一周回った気がして嬉しかった」と駒田さん。
──どういう場面でアイアンマンの時計を着けたい?
「ライフスタイルを表すツールとして、普段から」
2013年版の復刻アイアンマン 8ラップを着けてレースに出たこともあるのですが、GPSやハートレートモニターが付いた高機能なスマートウォッチがある今、スポーツウォッチとしては心許ないというのが正直なところです。でも、だからといって魅力が褪せるわけではない。トライアスロンというスポーツを楽しむ一人の人間の"ライフスタイルを表すツール"として、普段から身に着けていたい。実際、そういう感覚でアイアンマンを着けているトライアスリートは国内外にたくさんいます。
歴史の担い手といったら大袈裟ですが、僕もアイアンマントライアスリートの一人として、多くの人の想いが詰まったこの時計を、次の世代にも繋げていけたらと思います。
※2022年、原宿キャットストリートにオープンした、アジア初のオンの旗艦店「オン トーキョー」。モダンな趣のオープンな空間に、多彩なシューズ&ウェアが揃う。