"タイメックス・クロニクル" - タイメックスと時が紡いだアメリカ物語



連載④ ベトナム戦争時代のプラスチック外装モデルを原点とする「オリジナル・キャンパー」



1990年代から時計をフィールドに取材・執筆活動を続けるジャーナリストの名畑政治氏は、実はタイメックスの熱烈なファン。これまでの連載ではタイメックスの原点である「ウォーターベリー・クロック・カンパニー」や販売会社の「インガーソル」のエピソード、日本ではほとんど知られていない伝説のウエスタン・ヒーロー「ホパロング・キャシデイ」とタイメックスについてのエピソード、そして腕時計普及のきっかけとなったトレンチ・ウォッチ「ミジェット」のエピソードを紹介いただきました。

今回は1980年代にプラスチック外装の軍用腕時計をベースとして、一般向けに発売されたシンプル・ウォッチ「キャンパー」と、これにまつわるエピソードです。1960年代から70年代、東西冷戦の代理戦争となったベトナム戦争への反動から勃興した自然回帰のムーブメント。これに賛同するバックパッカーたちは米軍から放出されたギアを積極的にアウトドアでの活動に用いました。果たしてそこにはどんな思いが隠されていたのか? 軍用腕時計を原点とするタイメックスの「キャンパー」から紡ぎ出された物語です。





文/名畑政治

写真/江藤 義典(fraction)



第二次大戦以後も進化を続けた極限のミリタリー・ウォッチ

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腕時計の普及が第一次世界大戦時のミリタリー・ウォッチから始まったのと同じく、戦後のアウトドア・レジャー用腕時計のルーツも、第二次世界大戦からベトナム戦争にかけて製作された軍用時計にあります。ちなみにアウトドア用パーカのロングセラーであるシエラデザインズのマウンテンパーカも、第二次世界大戦時の軍用衣料が原点だと考えられます。

 1910年代、主にヨーロッパを戦場とした第一次世界大戦で兵士たちが身につけた腕時計が、腕時計が一般に普及するきっかけとなりました。この時、兵士に供給された腕時計はトレンチ・ウォッチ(塹壕時計)と呼ばれましたが、そのひとつが米国のインガーソル(現在のタイメックス)が供給した「ミジェット」でした。

 やがて1930年代末、ヨーロッパのみならずアジアや太平洋地域を戦場とする第二次世界大戦が勃発。やはりこの時にも兵士のために腕時計が供給され、技術的な伸展をもたらしたのです。

 たとえばスイスの時計メーカー各社は英国軍の求めに応じて防水腕時計を大量に製造しましたが、これらは戦後、永世中立国であるスイスが戦時中に着々と開発してきた技術と融合し、防水・自動巻き・日付という機能を備えた新型腕時計に結実し、世界的な大ブームを巻き起こしました。

 一方、19世紀後半から20世紀前半にかけてスイスと並ぶ時計大国であった米国でも、第二次世界大戦時に軍用時計の開発と製造が続き、大量の防水腕時計が米国兵士の腕に装着されたのです。

 面白いことに第二次世界大戦終結後も米国では軍用腕時計の開発と製造が続き、1965年ごろに始まるベトナム戦争では、再び米国の時計メーカーが製造した腕時計が兵士に供給されました。

 この時代、米国の時計メーカーが作ったのはツヤ消し加工されたステンレス製ケースに手巻きムーブメントを収めたものでしたが、それはやがて戦場での機械式時計のメインテナンスの手間を省くため、極限まで簡素化された修理不要モデルへ発展しました。

 この時、米国政府が定めたミル・スペック(軍用品の規定)にしたがってタイメックスが製造したのが、裏蓋に「MIL-W-46374B」と刻印されたプラスチック外装の軍用腕時計でした。




軍用品の民間転用が促した平和な時代のタフなファッション

 米国のミル・スペックに従ってタイメックスが製造した「MIL-W-46374B」の腕時計は極めてシンプルでした。外装は一般的な軍用品と同じオリーブドラブ(暗緑色)のプラスチック製。ストラップはナイロンの引き通しタイプを、ケース一体のラグに通して装着します。ダイアルはブラック。夜光塗料が塗られた三角形のマークの内側にはアラビア数字のインデックスも印字され、もちろん針にも夜光塗料入。何よりも時刻の読み取りやすさを優先していることがわかります。そして、ムーブメントは17石の手巻き式を搭載していました。

 1980年代、この軍用腕時計をベースに一般向けに発売されたのが「キャンパー」です。

 ケース径は36mm。今では小ぶりなですが、当時としては通常サイズでした。ミリタリー・ウォッチならではの無骨な「キャンパー」は、カジュアルなシーンはもちろん、その名の通りアウトドア用としても人気を博し、大ベストセラーとなりました。

 興味深いのは、このような軍用品の民間転用は、第二次世界大戦直後から始まっており、それが一般化することで新たなスタイルが生まれたことです。

 たとえばダッフル・コートで知られる英国のグローバーオールは、大戦後、英国軍の余剰物資を扱うビジネスを開始し、そこにあったコート用の生地で大戦時と同じスタイルのダッフル・コートを製造販売。やがて軍用生地が払底したことでイタリア製の厚手ウール生地に変更し、細部もより着やすくファッショナブルに修正することで、新たな魅力を獲得。これによって世界的なコート・ブランドへと成長したのです。

 さらにアウトドアの世界でも軍用品の転用は盛んに行われました。テント、寝袋、リュックサック、キャンプ用ストーブ(コンロ)やランタンなど、大戦後に軍から放出されたこれらのアイテムは格安なアウトドア用品として世界中で人気となりました。 

 また、今では定番となったシエラデザインズのマウンテンパーカは、1968年、カリフォルニアのアウトドア・ショップに勤めていたジョージ・マークスとボブ・スワンソンというふたりの若者によって開発されましたが、私が思うに、そのベースとなったのは1940年代に米国軍が特殊部隊に供給した「マウンテンジャケット」であったはずです。

 1960~70年代、ベトナム戦争によって疲弊した米国では、その反動として既成の概念や制度から開放され、自然へ回帰しようというムーブメントが台頭。そのひとつの表れとしてバックパッキングなどのアウトドア志向が支持を得ていました。 

 この時、バックパッカーたちが使ったのが米国軍から放出されたアウトドア・ギアでした。先に紹介したように、タフで実用的で低価格な軍用品はアウトドアでの活動にうってつけ。反戦と自然回帰を叫ぶバックパッカーが軍用品を身に着けているのは一種のパラドックスですが、逆にいえば軍用品を平和利用することで、より強く反戦の意志を表現したのかもしれません。

 私自身の記憶によれば、軍用腕時計を意識したのは1970年代半ば、雑誌「ポパイ」で「神戸元町の放出品店が販売する米国軍用時計」の記事を見たことでした。これを見て思ったのは単純にカッコいいから、であり、好戦的な気分や逆に反戦への意思表示という意識はまったくなく、とにかくタフで実用的なスタイルに憧れたのです。

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※1980年代初頭、イタリアの雑誌に掲載された「キャンパー」の広告。米国軍用を原点とすることを強くイメージさせる写真を用いている。この当時から小振りなサイズのレディス・モデルが存在し、おしゃれなストライプのナイロン・ストラップも用意されていたことがわかります。



原点回帰の思いから日本独自企画で誕生した「オリジナル・キャンパー」

 このような時代背景のもと、軍用腕時計を民生用に転換したタイメックスの「キャンパー」は好調なセールスを記録。1990年にはモデルチェンジでケース形状が変更され、径も34mmとなり、ムーブメントもクォーツに変更され2017年ごろまで生産されました。

 しかし2015年、幻となったオリジナル(原型)の「キャンパー」を復活させようという声が日本の代理店からあがったのです。しかし、米国のタイメックス本社にはオリジナルの設計図が残っていないことが判明。そこで1980年代の現物を入手し、最新の3Dスキャン技術を駆使することでドーム型プラスチック風防やケース形状など、往年のモデルを忠実に再現し、クオーツ・ムーブメントを搭載した復刻モデルを日本独自企画として完成させ、「オリジナル・キャンパー」と命名されて発売されました。

 小ぶりでシンプル、ファッショナブルで軽量という現代のトレンドにピタリとフィットした「オリジナル・キャンパー」はまたたく間に人気を獲得し、定番モデルとなりました。

 その後、「オリジナル・キャンパー」には、ケースをプラスチックからステンレススチールに変えたモデルも登場し、幅広いバリエーションを展開する人気コレクションとなっていることは、読者の方もご存知の通りです。

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※2015年に日本代理店の独自規格として往年のスタイルで復活した「オリジナル・キャンパー」。軽量なプラスチック製ケースに高精度なクオーツ・ムーブメントを搭載し、ビジネスからカジュアル、アウトドアまで幅広いシーンにマッチするモデルとして、再び人気を獲得しました。設計図が消失していたため、実際の80年代のビンテージをデジタル・スキャンするなどして復刻を遂げたそうです。この写真に写っているのは設計等を終え、2014年に生産された初期のケース・サンプルたち。復刻版の制作には針や文字盤、ケースなど幾多の修正が繰り返されたことがうかがえます。

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軽量なプラスチックの外装にクォーツ・ムーブメントを収めた「オリジナル・キャンパー」には、1940~70年代にかけて米軍に採用されたナイロン製の引き通しストラップが付属。軽量で強靭なだけでなく、水に強く、汚れたら洗えるナイロンのストラップは日常用やアウトドア用としても最高のパフォーマンスを発揮します。また、このストラップをストライプのタイプに交換するだけで、ファッション性が格段にアップします。