"タイメックス・クロニクル" - タイメックスと時が紡いだアメリカ物語



トム・クルーズの着用で火がついた 1990年代の名機「サファリ」



1990年代から時計をフィールドに取材・執筆活動を続けるジャーナリストの名畑政治氏は、実はタイメックスの熱烈なファン。これまでの連載ではタイメックスの原点である「ウォーターベリー・クロック・カンパニー」や販売会社の「インガーソル」、そして日本では知られていないウェスタン・ヒーローの「ホパロング・キャシディ」、そしてアウトドア・ウォッチの原点ともいうべき「オリジナル・キャンパー」についてのエピソードを紹介いただきました。

さて今回はタイメックスが1988年に発売した「サファリ」を取り上げます。アウトドアやミリタリーをルーツとするファションが人気となり、アフリカを舞台とする映画が大ヒットした1980年代後半。そんな時代の空気に呼応して登場したタイメックスの「サファリ」は、タフなルックスと高い機能、快適な装着感で大ヒット作となりました。やがて、この伝説の名機が消えて四半世紀後の2016年、ついに初代モデルの完全復刻が実現。さて、この名機「サファリ」誕生と復活の背景にはどんな物語があったのか? これを名畑氏に語っていただきましょう。

文/名畑政治

写真/江藤 義典(fraction)



1988年にデビューした名機「サファリ」

その誕生の背景とは?

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軽量なレジン製ケースと本革の編み込みストラップが絶妙なマッチングを見せるタイメックスの名機「サファリ」。このモデルが誕生した1988年ごろは、サファリをイメージしたトロピカルなファッションが世界的に流行していた時代。その時代の空気に呼応して「サファリ」は誕生したと私は考えています。

1988年、編み込んだ革のストラップを装備するアウトドア志向の腕時計「サファリ」がタイメックスから発売されました。

 このモデルは中心部に1時から12時の目盛りを表記し、その外周には13時から24時の目盛りを表記した独創的なダイアルと回転ベゼルに簡易方位計を備えた、まさにアウトドア・ユースを意識したモデルであり、この個性は「サファリ」という名称にも明確に現れていました。

 そもそも「サファリ」とはアラビア語の「旅行」を語源とし、それがスワヒリ語で「長い旅」を意味する「SAFARI」になり、やがて英語で「アフリカでの狩猟や探検・冒険旅行」を意味するようになった言葉でした。

 そして、この「サファリ」の時に着用するのが「サファリ・ジャケット」です。これは19世紀末の軍服にルーツがあります。

 19世紀末、それまで装飾過多で戦闘には不向きだった軍服が簡略化され、より実践に即したものへ変化しました。腰と胸に各一対のポケットを備え、肩には階級章などを付けるエポーレット(肩章)付き。襟は詰め襟(スタンドカラー)または折り襟(シャツカラー)でした。当初、素材は目の詰んだウールでしたが、高密度なコットンの布に変えることでアフリカやアジアなど熱帯地向けの「トリピカル・チュニック(tropical tunic)」へと展開します。このトロピカル・チュニックにはピストルや銃弾などを吊す革ベルトがつきものでしたが、次第にジャケットと同素材のコットン・ベルトに変化。この腰ベルトは裾からの害虫などの侵入を阻止する役目もあるそうです。



富裕層に流行したアフリカ狩猟旅行「サファリ」と

そこから生まれたタフなジャケット

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左:A&F(アバークロンビー&フィッチ)の1964年版カタログに掲載された「サファリ・ジャケット」の図版。商品名は"あの有名なA&Fのサファリ・ブッシュ・ジャケット"とあり、同素材のパンツもありました。A&Fでは"マラリア蚊の針も通さない"と言われた高密度なコットン「サファリ・クロス」で各種の野外活動衣料も製作しました。

右:かつてのA&Fはシカゴやサンフランシスコにも支店を構えた超高級アウトドア・ショップ。その顧客名簿にはセオドア・ルーズベルト(第26代アメリカ大統領)、アメリア・イアハート(女性として初めて大西洋単独横断飛行を果たしたパイロット)、ウィンザー公爵、ビング・クロスビー("ホワイト・クリスマス"などで知られるアメリカの歌手)、ハワード・ヒューズ(アメリカ実業家、20世紀を代表する億万長者)、キャサリン・ヘップバーン(アメリカを代表する大女優)、グレタ・ガルボ(スウェーデン生まれのハリウッド女優)、クラーク・ゲーブル(『風と共に去りぬ』などで知られる俳優)、コール・ポーター(著名な作詞・作曲家)など有名人がズラリ。買い物嫌いのヘミングウェイも唯一、A&Fでの買い物だけは好んだといいます。



こうして軽量なコットン製のトロピカル・チュニックはアウトドア・ウェアとして一般化し、「ブッシュ・ジャケット(コート)」と呼ばれるようになりました。それがやがて欧米のお金持ちたちの間でアフリカへの狩猟旅行、つまり「サファリ」が流行すると、これに最適なウェアとして「サファリ・ジャケット」という名称が定着したのです。

 そのシンボルが文豪アーネスト・ヘミングウェイです。狩猟を愛好し、アフリカを舞台に「キリマンジャロの雪」という小説も書いたヘミングウェイは、彼自身、アバークロンビー&フィッチ(A&F)製のサファリ・ジャケットを愛用していました。このジャケットに「サファリ」という名称を与え、ラベルに明示したのもアバークロンビー&フィッチだったと思われます。

 A&Fの創業は1892年。メリーランド州ボルチモア生まれの探検家デビッド・アバークロンビーがニューヨークに開いたアウトドア用品店「アバークロンビー・キャンプ」が原点です。やがて1900年に顧客である弁護士エズラ・フィッチが経営に参加。1904年には店舗をブロードウェイに移し「アバークロンビー&フィッチ」と改名し、著名人も通う超高級アウトドア・ショップとなりました。

 この超高級アウトドア・ショップであるA&Fこそが、欧米の富裕層に「サファリ」というアフリカでの狩猟旅行と、そこで用いる衣料の知名度を確立した立役者でした。

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※1956年のカタログに掲載されたL.L.ビーンの「ブッシュ・コート」。「サファリ・ジャケット」という名称が一般化するまでは「ブッシュ・ジャケット(コート)」、つまり"ブッシュ(藪や低木の茂み)で着る上着"と呼ぶのが普通でした。




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※米国を代表するアウトドア・ショップ「L.L.ビーン」が1956年に発行したカタログ。当時のカタログはアウトドアでの動物の姿を生き生きと描いたものが主体で、その独特の雰囲気から今ではコレクターズ・アイテムとなっています。



1970~80年代に起こった空前の"サファリ・ブーム"

それがタイメックス「サファリ」誕生のきっかけ

 この土臭いサファリ・ジャケットをモードとしてファッションの最前線に引っ張り出したのがイブ・サンローランでした。1968年、イブ・サンローランは「サファリルック」を発表。これによってアウトドア・ウェアだったサファリ・ジャケットは一躍トップモードとなり世界的なブームが巻き起こったのです。

 そのひとつの象徴が1974年に公開された「007 黄金銃を持つ男」です。3代目ボンドのロジャー・ムーアは作品中でサファリ・ジャケットを着用しました。

 そしてさらにサファリ・ジャケットなど軍用衣料をルーツとするタフでヘビーデューティーなアイテムの人気を再燃させたのが、アフリカでハンター&ガイドをしていたボブ・リーが米国に帰って1965年に創業した「ハンティングワールド」、1978年にメル&パトリシア・ジーグラー夫妻が米国カリフォルニアで創業した「バナナ・リパブリック」、エリザベス&ロバート・ライトン夫妻が1979年にニューヨークで創業した「ブリティッシュカーキ」など、1970~80年代に人気を博した数々のブランドです。

 また1985年にはロバート・レッドフォードとメリル・ストリープ主演の映画「愛と哀しみの果て」(原題・Out of Africa)」が大ヒット。ふたりが映画で着こなすサファリ&コロニアル(植民地)・ファッションが"サファリ・ブーム"に拍車をかけました。

 ですから1988年に発売されたタイメックスの「サファリ」は、世界的な"サファリ・ブーム"の真っ只中に登場した時代の寵児ともいうべき腕時計だったのです。

 この人気を受け、1年後の1989年には、オリバー・ストーン監督、トム・クルーズ主演による映画「7月4日に生まれて」で「サファリ」が着用され、これがきっかけとなって大きな話題を呼び、「サファリ」の人気に一層の拍車がかかりました。

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※1978年に創業したバナナ・リパブリックは当初、各国軍の放出品を中心に販売していましたが、やがて自社製品も手掛けるようになり、有名ブランドに成長しました。「サファリ・ジャケット」を紹介するこのページでは現代(1980年代当時)と19世紀の詰め襟の軍服を対比。そのルーツが良くわかります。



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※バナナ・リパブリックが1986年に出版した「GUIDE TO TRAVEL & SAFARI CLOTHING」(絶版)という本。内容は当時、バナナ・リパブリックが毎シーズン発行していたカタログの図版を集め、そこに詳しい説明を加えたもの。



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※ロバート・レッドフォードとメリル・ストリープの主演で大ヒットした映画「愛と悲しみの果て」(1985年)。主演の二人が映画の中で着こなすサファリ&コロニアル・ファッションが大きな話題となり、世界的な"サファリ・ブーム"が巻き起こりました。

※「愛と悲しみの果て」の原作はデンマークの女性作家アイザック・ディネーセンの「Out of Africa(邦題/アフリカの日々)」(1981年 晶文社)。貴族と結婚しケニアでコーヒー農場を経営するなど、映画で描かれたストーリーは、ほぼディネーセン自身の経験に基づくものでした。



日本からのリクエストで

四半世紀を経て「サファリ」が完全復刻!

 このタイメックスの「サファリ」人気は日本では特に顕著でした。軽量なレジンのケースにリアルレザーの編み込みストラップというコンビネーションは、カジュアルでありながらも「サファリ」という名前から連想されるタフなアウトドア感覚を具現化したもので、ラフなアメリカンカジュアルのスタイルにピタリとマッチするものでした。

 その後、「サファリ」は幾度もの仕様変更を経て作り続けられましたが、やはり初代モデルのインパクトと人気に追いつくものは現れませんでした。

 それだけに特に日本では生産終了後も初代モデルの復活を願う声が高かったのですが、本社では日本から働きかけへの反応が今ひとつだったといいます。

 その願いが叶ったのは2015年のこと。生産終了からおよそ四半世紀もの時が流れていました。

 しかし、単純に復刻とはいえ、その苦労はただならぬものがありました。何しろ米国本社では当時の図面が紛失。そこで現存する製品を3Dスキャン技術で精密に採寸することで、忠実な再現にこぎつけたのです。このあたりの手法は、すでに取り上げた「オリジナル・キャンパー」と同様ですね。

 また、ポイントである編み込みストラップは、当時、これを製造していたメーカーが奇跡的に操業を続けていたことがわかり、特別に頼み込んで当時のままに再現してもらったということです。

 こうして待望の復活を遂げた「サファリ」ですが、現在はタイメックスのラインナップから消えています。しかし、また復活への要望が高まれば再生産される可能性もあるかもしれません。タイメックス・ファンとして、その日が再び訪れることを願っています。

ちなみに、ここで紹介した書籍やカタログ、ジャケットはすべて筆者のコレクションです。

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※独特のダイアル表示やコンパス・スケールを表記した回転ベゼルなど、アウトドア・ウォッチとしての機能を詰め込んだタイメックスの名機「サファリ」。ホンモノのレザーを編み込んだストラップも魅力でした。2015年に実現した復刻モデルでは、当時と同じサプライヤーに発注した、この編み込みのレザー・ストラップも含めて1988年に登場した初代モデルが忠実に再現されました。