"タイメックス・クロニクル" - タイメックスと時が紡いだアメリカ物語



元祖スマートウォッチと呼ぶべき

多機能ウォッチ「データリンク」



1990年代から時計をフィールドに取材・執筆活動を続けるジャーナリストの名畑政治氏は、実はタイメックスの熱烈なファン。これまでの連載ではタイメックスの原点である「ウォーターベリー・クロック・カンパニー」や販売会社の「インガーソル」、日本では知られていないウェスタン・ヒーロー「ホパロング・キャシディ」のウォッチや、アウトドア・ウォッチの原点「オリジナル・キャンパー」、1980年代に起こった空前のサファリ・ブームのさなかに登場した名作「サファリ」などについて紹介いただきました。


そこで最終回となる今回は、タイメックスがマイクロソフトと共同開発し1994年に発表した「データリンク」の物語です。パーソナルコンピュータは普及前夜であり、ワイヤレスによるコンピュータと付属端末の連結システムさえ未発達だったこの時代に、タイメックスはコンピュータのモニターであるブラウン管を利用した独創的なデータ転送システムを開発。これを搭載した腕時計型デバイス「データリンク」を発売しました。当初、電話帳とスケジュールのコピー程度の機能を搭載していた「データリンク」ですが、その後、機能を充実させ、現在のスマートウォッチに匹敵する多彩な機能を搭載するに至ります。て、その誕生の背景と発展の過程はどのようなものだったのか? それを名畑氏が自らの実体験をもとに語ります。

文/名畑政治
写真/江藤 義典(fraction)



スマートウォッチ開発の重要な布石となった
タイメックスの「データリンク」



_DSC5851a@0.5x.jpg

※NASAの宇宙飛行士が着用し、スペースシャトルや国際宇宙ステーションでのミッションに採用されたタイメックスの「データリンク」。このモデルは進化形の「データリンク アイアンマン トライアスロン」。

 今や生活に浸透し、ある種の必需品ともいうべき存在となったスマートウォッチ。"スマート"とは、"賢い"という意味。つまりスマートウォッチとは、腕に装着できる時計型の"賢い"ウェアラブルデバイス(身体に着用・装着できるコンピュータ端末のこと)である。
 このスマートウォッチがいつ誕生したのか? それにはさまざまな見解があるが、その原点のひとつといえる重要なプロダクトがタイメックスが1994年に発売した「データリンク(Datalink)」である。
 では一体、「データリンク」はどのような背景のもとで誕生したのか。これを解明するのは極めて難しいが、可能な限り当時の状況を思い出しながら検証してみたい。
 まず1994年というと、コンピュータの普及を一気に加速させた「ウィンドウズ95」の発売1年前だったということ。そう考えるとスマートウォッチ(腕時計型コンピュータ端末)など、まったくの夢物語のようだが、アップルでは1991年にポータブルコンピュータの「パワーブック」を発売しているし、1993年には世界初のPDA(Personal Digital Assistant=個人用携帯情報端末。簡単にいえば電子手帳)である「ニュートン」さえ発売していた。つまり、コンピュータに近い機能を持つデバイスを手帳サイズからさらに小型化し、腕に装着することに当時の技術者は熱意を持って挑戦していたと考えられる。



機能を絞り込むことで
軽快な装着感とリーズナブルな価格を実現



_DSC5895_1@0.5x.jpg

※1990年代の終わりから2000年代初期にかけて販売された「データリンク アイアンマン トライアスロン」。100m防水というスポーツウォッチとしての性能を備えつつ、「パーソナルオーガナイザー」として電話番号メモリーやクロノグラフ、アラームなど多彩な機能を備えた画期的なモデルだった。ベゼルに「INDIGLO」とあるようにダイアルの発光機能も搭載していた。

 もちろん、それ以前の1980年代において、すでに日本の時計メーカーから、コンピュータ的な機能を持つ腕時計型端末は販売されていた。しかし、これらは価格が高く、周辺機器も大ぶりで扱いも大変。誰もが気軽に買えて日常的に利用できるものではなかった。
 そんな時代に登場したのが、すでに紹介したアップルの「ニュートン」だ。やや大きめのメモ帳程度のサイズで液晶画面を備え、専用タッチペンを使って手書き入力できる「ニュートン」は、まさに新時代のデバイスであった。また、ほぼ同時にアップルと手書き認識の共同開発を行ったシャープから「ザウルス」が登場。PDAや電子手帳の市場が徐々に開拓されつつあった。
 そこに颯爽と登場したのがタイメックスの「データリンク」だった。価格は約1万円と非常に手頃。スタイルも従来のデジタルウォッチと大差なく、装着感も良好で違和感がない。そして決定的だったのは、ワイヤレスによるパソコンとのリンク機構を備えていたことだ。
 これは従来の腕時計型デバイスやPDA、電子手帳にはなかった機能。接続用コードをつなぐ必要がないということは腕時計にほぼ必須の防水性に影響を及ぼす心配がなく、汗や湿気にも強いことを意味する。



ブラウン管の明滅でデータを転送する
画期的なワイヤレス接続システム



_DSC5873@0.5x.jpg

※液晶モニタのノートブック型パソコンが普及したことで、これに対応する「タイメックス データリンク ノートブック アダプター」が発売された。これをパソコンのシリアルポートに差し込み、アダプター先端にある赤いLEDを点滅させることで、「データリンク」にデータをワイヤレス転送するものだ。

そして、このワイヤレスのコンピュータ連携システムが画期的だった。今ならWi-FiやBluetoothがあるが、当時はまだ影も形もなく、赤外線による通信規格(IrDA)も登場したばかり。そこでタイメックスではコンピュータにデータ送信用の専用アプリケーションをインストールし、これを作動させることでディスプレイであるブラウン管が白黒で明滅。この光を「データリンク」の文字盤の上部(12時位置)に設置した光学センサーで読み取るという凝った技術を開発した。これによってパソコンで管理しているスケジュールや電話帳のデータを「データリンク」にワイヤレスで転送するという画期的な機能が腕時計に実装されたのである。
 この機能、今でこそ「たいしたことないね」と思うかもしれないが、当時はまだ携帯電話の普及前夜。電話をかけようと思ったら、連絡先を手書きした携帯用の電話帳をめくりながら、デスクの固定電話や出先の公衆電話でダイヤルを回す、おっとプッシュボタンを押していたのだから、腕時計のボタンをピッと押して電話番号を呼び出すという所作はウルトラ未来的かつ魅力的だったはずだ。



NASAのミッションにも活用された
機能的な腕時計型デバイス



100.jpg

※2000年11月2日から2001年3月19日まで実施された国際宇宙ステーション(ISS)における最初の長期滞在ミッション「エクスペディション I」において初代司令官を務めたNASA(アメリカ航空宇宙局)所属の宇宙飛行士ウィリアムM.シェパード氏。彼の右腕にはオメガの「スピードマスターX-33」、左腕にはタイメックスの「データリンク モデル150」が装着されている。



スマートウォッチへの道を開拓した
先駆者「データリンク」



その後、「データリンク」はメモリの容量を拡大して転送できる電話番号の件数を増やした新モデルを発表。さらに1997年には液晶モニタを搭載するノートブック型パソコンの普及に対応し、ノートパソコンのシリアルポートに接続した専用アダプターに搭載された赤色LEDを明滅させてデータ転送するシステムも開発された。
 さらに2003年にはUSBで接続できる「データリンクUSB」が誕生。このモデルは数百件の電話番号メモリー機能の他、アラームやタイマー、3つのタイムゾーン表示、パスワードによるデータ保護、アプリケーションのインポートやゲームなども搭載。現在のスマートウォッチに迫る多機能な腕時計型デバイス、というより、もうほとんどスマートウォッチと呼べる存在へと進化した。
 現在、タイメックスには「データリンク」の後継機種は見当たらない。だが、もしも可能であるならば、進化形ともいうべき多機能モデルを実際に着用してみたい。それはきっと、1994年にタイメックスが見せてくれた未来ビジョンを再び体験することになるに違いないから。