"タイメックス・クロニクル" - タイメックスと時が紡いだアメリカ物語




連載③ 腕時計の普及に貢献した 20世紀初頭の軍用腕時計



1990年代から時計をフィールドに取材・執筆活動を続けるジャーナリストの名畑政治氏は、実はタイメックスの熱烈なファン。これまでの連載ではタイメックスの原点である「ウォーターベリー・クロック・カンパニー」や販売会社の「インガーソル」のエピソード、そして幻のウェスタン・ヒーロー「ホパロング・キャシディ」とタイメックスの意外な関係などを紹介いただきました。

連載第3回目となる今回は、20世紀初頭に登場し、腕時計の普及に大きく貢献した"トレンチ・ウォッチ"とタイメックスにまつわるお話です。「塹壕戦」と呼ばれた第一次世界大戦は陣地に掘られた溝(塹壕)を活用した戦いでした。ここで兵士の腕に装着されていたのが"トレンチ・ウォッチ"。さて、そこにはどんな物語があったのでしょうか? 当時の資料を駆使して名畑氏に語っていただきます。



文/名畑政治
写真/江藤 義典(fraction)

腕時計の便利さを世に知らしめた

第一次世界大戦の"トレンチ・ウォッチ"

世界で最初の腕時計は、いつ、どこで発明されたのでしょうか? これには諸説ありますが、現在のところ、もっとも信頼できる説は19世紀末にスイスの時計会社が、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世から海軍用に2000個の腕時計を製造したというものです。

もちろん、それ以前にも18世紀中頃、スイスの高級時計メーカーが婦人用ブレスレット・ウォッチを製作したことや、同時代のイギリスでメイドが子供のいたずらを避けるため懐中時計に革紐を付けて腕に装着した例もありました。

しかし、これらは腕時計のカタチはとっていても、実用品としての腕時計の製造は、19世紀末の軍用時計から始まったと考えて良いでしょう。

この腕時計の普及を促進したのが、実は1914年に始まる第一次世界大戦でした。このときヨーロッパの時計メーカーは、直径35ミリほどの丸いケース(当時としては大型でした)にストラップを装着するためのワイヤー・ラグを溶接した腕時計を大量に生産。これが「トレンチ・ウォッチ(塹壕時計)」(塹壕とは戦場に掘られた溝状の陣地で第一次世界大戦時に多用された戦術でした)と呼ばれたのです。



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※「塹壕戦」と呼ばれた第一次世界大戦において、この戦術にちなむ「トレンチ・ウォッチ」が兵士用として大量に供給され、これがきっかけとなって腕時計が一般にも普及しました。「インガーソル」の「ミジェット」は兵士のための腕時計であると同時に一般にも販売され、懐中時計王国アメリカでの腕時計の普及に一役買ったのです。



暗闇で光る夜光ダイアルが大人気!

時計の歴史を変えた傑作「ミジェット」

アメリカの「インガーソル・ウォッチ・カンパニー」(のちのTIMEX)でも、懐中時計「Yankee(ヤンキー)」の携帯性をさらに高めた軍用腕時計の製造を米軍から要請されました。小型のムーブメントに黒いダイアルを装着し、暗い塹壕や夜間でも時刻が読み取りやすいよう、夜光塗料を塗布したインデックスと針を備えたモデルを1917年に製作。「Midget(ミジェット)」と命名されたこのモデルは兵士に供給されただけでなく一般にも売り出され、大ヒットとなりました。

当時の雑誌広告を見ると、懐中時計の「ヤンキー」と腕時計の「ミジェット」には、白いダイアルも用意されており、それぞれ夜光塗料入りとなしが選択できました。もちろん、より実用性の高い夜光塗料入りのほうが若干高額でしたが、「夜でも数字が光って時刻がわかる!」というのは大きな魅力だったに違いありません。

やがて、この「ミジェット」のヒットによって懐中時計の時代が徐々に終焉を迎え、1920年代以降に腕時計が普及していくきっかけになったのです。

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※1920年代の「インガーソル」の広告。懐中時計のベストセラー「ヤンキー」と共に、当時の最先端モデルであった腕時計の「ミジェット」が紹介されています。また、それぞれのモデルに夜光入りとナシが用意されていたことも明記され、夜光塗料入りのモデルが少し高額だったことがわかります。



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※「インガーソル」がアメリカ政府から依頼されて製作した軍用腕時計の「ミジェット」。基本は暗闇や夜間でも視認性を高める夜光塗料入りのインデックスと針を備えたモデルでしたが、日常生活でも時刻の読み取りやすい白いダイアルに黒いインデックスを印字したモデルも発売されました。写真のモデルは1917年に生産されたオリジナルで、2017年に100周年を記念して日本企画で生産された同名のモデルのベースとなりました。



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※「ミジェット」のムーブメントを利用した小型の懐中時計も当時、発売されました。時代の移り変わる時期でしたが、やはり腕時計に馴染めない人が一定数、存在したことがわかります。

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※「ミジェット」と同時代に販売された、おそらく一般向けの「インガーソル」腕時計。シルバー径の白いダイアルに夜光塗料入りのインデックスと針を装備し、ダイアルには「INGERSOLL」のブランドの下に「WRIST(腕)」とだけ書いてあります。



タイメックス・クロニクル 連載初回- 大衆を魅了した インガーソルのダラーウォッチ