Blazing a Path by a Beacon's Light

Vol. 3 世界初の文字盤全面発光機能、『Indiglo® Night-Light』を巡るストーリー。



インディグロ®ナイトライトのデビューは1992年。特殊な発光パネルによって文字盤全面が光るこの機能は、アナログやデジタルの『アイアンマン』に実装された。インディゴ(藍)とグロウ(輝き)に由来する名の通り、青緑色に輝くインディグロ®は暗闇でも高い視認性を誇る。

発売後、アメリカで重宝された場所が映画館だった。ポップコーンを買いに行っている間に場内の灯りが落ち、友達が振って合図するインディグロ®を頼りに席に戻るというのは見慣れた光景となる。また「途中で飽きてインディグロ®をのぞき込んだ回数」を、退屈な映画の判定基準にした映画評論家も現れたというから面白い。

1993年に起きたのが、ニューヨーク世界貿易センターの爆破事件である。停電で真っ暗、しかも煙が充満する階段を高層階から歩いて避難する人々を、一人の男性が誘導する。その投資アナリストが腕に着けていた『アイアンマン』のインディグロ®の光を頼りに、地上107階から地上までみな下りきった。この実話は当時、大きな話題となった。

娯楽のひとときから危機一髪の緊急事態まで、さまざまなシーンでインディグロ®は威力を発揮してきた。ジョン・T・フーリハンにまずは開発前夜の話から聞いてみた。



photo courtesy_ Timex and National Cancer Institute

interview_ デヴィッド・G・インバー / David G. Imber

text_ 吉田実香 / Mika Yoshida



インディグロ®ナイトライト

暗闇で光る



ーーインディグロ®ナイトライトはウォッチ史におけるゲームチェンジャーです。そして今やタイメックス社製の時計の75%以上が、インディグロ®を搭載しています。そもそもタイメックスは、この技術を開発した会社と協働したのですよね?

ジョン・T・フーリハン(以下H) ディスプレイを開発していた会社から、タイメックスは早い時期にインディグロ®の技術を買い、1988年に特許申請した。しかしこのライトはバッテリーも回路も専用のものが必要で、コストもかかる。フレッド・オルセン(現Timex Group会長 *1)の要求はこうだ。時計とライト両方を動かす回路を開発し、同時にバッテリーの使用量も大幅にカットすること。タイメックスのエンジニア達には大変な重責だったが、何年もかけてやり遂げた!インディグロ®専用の回路を独自に開発し、時計のバッテリーは従来の3~4倍も持つようになったんだ。まさに快挙だ。



ーー当初から、光の色は青緑と決まっていたのでしょうか。

H 初期は選択の余地がなかった。化学的にも電子的にも、作れるのはあの色だったんだ。他の色に挑戦してもよかったが、当時はあの色で充分満足だった。



ーー暗闇でも視認性が高いインディグロ®は大ヒットし、ワールドトレードセンター事件での被災者救助に一役買うといった数々の逸話を生み出します。ご自分でも何かエピソードをお持ちでしょうか?

H ニュースになるほどの話ではないが、これはどうかな。私の息子は海軍で潜水艦勤務だった。本人も仲間もインディグロ®を着けていたんだが、艦長がインディグロ®禁止令を出したんだ。



ーーなぜでしょう?

H 夜間視力を損なうから、というのがその理由だ。だから領海の見張り番の時は必ずインディグロ®を外して任務に当たったそうだよ。



ーーそれほど明るいとは!

H 潜水艦の内部は真っ暗だからね。インディグロ®が点灯すると、闇の中で視覚が利かなくなってしまうんだ。



Timex Indiglo.jpg

※インディグロ®搭載初期のモデル。

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※インディグロ搭載モデル発売時期の広告。「SILLY WATCH. IT THINKS IT'S A LAMP.(馬鹿な時計だ、自分のことをランプだとおもってやがる)」というコピーが面白い。



ーーインディグロ®搭載のウォッチにはいつから取りかかっていたのでしょうか?

H 1987~88年頃に着手し、1990年初頭に完成した。1992年に発売された最初のモデルではバッテリーがまだ別々だった。やがて独自の回路が完成し、コスト削減とバッテリー稼働時間の増幅も可能となり、しかも見た目も素晴らしい! ......だが、当初はアナログのモデルにしか搭載できなかったんだ。今話しながら思い出したんだが、フレッドは開発初期デジタルへのインディグロ®を搭載を一切禁じた。アナログウォッチがバックライトで光るからこそ良いのであって、デジタルに搭載してしまうと予定調和的でアナログでやる良さが半減される、と思ったんだね。だからアナログでしかインディグロ®をデザインさせてもらえなかった。



ーー消費者の立場から言いますと、確かにデジタルならどんな新機能が加わっても当たり前に感じます。が、これまで何世紀にもわたって作られてきたアナログウォッチが初めて発光したとなると、それは驚異でしかありません。

H まさしく。インディグロ®はタイメックスに大転換をもたらした。さて、最初に実装したデジタル・モデルは『アイアンマン』だ。カラーを刷新し、1986年に発売された初代『アイアンマン』が大変身を遂げた時期だ。ある日のこと、フレッド・オルセンが血相を変えて私のデスクにつかつかとやってきて、大変な剣幕でののしり始めた。"お前はタイメックスを台無しにした、私を破滅させた!"とね。時々こういうスティーブ・ジョブス的なところのある人だった(笑)。

何かと思えば、『アイアンマン』の色だという。オリジナルはダークグレイのケースに黒のトップリング。私たちデザイナーは、それを黒のケースにシルバーのトップリングに変えた。これまでとの差別化を図るため、いわば明暗を反転させただけのことだ。だがフレッドは"アイコニックな見た目を破壊した"と騒ぐばかり。そうは言われても、違いは違いなので私も反論のしようがない。

だが、まさにその違いこそがより多くの時計を売ることになった。ビル・クリントンが着けたことで知られる『アイアンマン』も、その1本だ。



ーー大統領就任の所信表明演説で、ラグジュアリーウォッチではなくタイメックスを着けたという、あの伝説の!

H これでさすがにフレッドも文句は言わなくなったね(笑)。あのインディグロ®を搭載した『アイアンマン』はスミソニアン博物館に所蔵されているはずだよ。



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※ランナーでもあった42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントン。所信表明演説時以外も左腕にタイメックスの『アイアンマン』を愛用、自国ブランドの時計をすることで愛国心や民衆に寄り添う姿勢を表したともいわれる。

Photo: National Cancer Institute



次回はフーリハンさんに「Data Link」について伺います。

Vol.1 伝説の時計デザイナーの少年時代。/ BEGINNINGS: PASSION TURNS TO PROFESSION



*1 北欧からの移民であるホアキン・レムクールと共に、Timexの前身となるWaterbury Clock Companyを1941年に傘下に収めたトーマス・オルセンの息子で、現Timex Groupのオーナー兼会長。オルセン家はフレッドの曽祖父がノルウェーで興した海運業で財を成した名家で、"20世紀最大の海運王"と称されたオナシス家としのぎを削った。

フレッドの経営下、オルセン家は海運業のほか英国最大規模の民間風力発電を担い、米国初の海上風力発電施設を作るなど再生可能資源の分野でも活躍している。フレッドはTimexの経営にも積極的に参加し、本稿にある『アイアンマン』やインディグロ®以外にも彼の発案が多くのタイメックス製品に落とし込まれている。

Timexというブランドネームの来歴は諸説あるが、滅多にメディアに出ないことで知られるフレッドが2015年のフォーチュン誌(リンク)の取材で、「父はタイム誌を好んで読み、言葉巧みに造語を作っては楽しんでいた。いつもクリネックス(ティッシュの代表的ブランド)で鼻をかんでいたが、そこからタイメックスという名前が生まれた」と回想している。