Shifting Into the Information Age

Vol. 4  1994年発表の「Data Link」は、スマートウォッチの先駆けだった。



images courtesy_ John T. Houlihan

interview_ デヴィッド・G・インバー / David G. Imber

text_ 吉田実香 / Mika Yoshida



 コンピュータのデータをウォッチが受信!それもワイアレスで?

 『データリンク』が発表された1994年、世の中に与えた驚きは今の私たちの想像をはるかに超える。BluetoothやWi-Fiは当然まだ存在しない。携帯電話の世界も、それまでトランシーバー並みに大きかったアナログ電話に代わり、片手に収まるサイズのデジタル電話がようやく2年前にモトローラ社から出たばかり。そんな時代、タイメックスがマイクロソフト社と協同開発したのが『データリンク』である。コンピュータのブラウン管モニタでデータを通信し、初代モデルは50件の電話番号を保存できた。マイクロソフト社が『ウィンドウズ95』で世界を変える1年前のことである。

 いわば世界初のスマートウォッチ、『データリンク』。後にはNASAの計画でも使われ、地球外で任務に当たる宇宙飛行士たちを強力に支えた。ジョン・T・フーリハンに、デザイナーの立場からの思い出を語ってもらった。




時代を先取りする、

賢いコンセプト。



ーー『データリンク』のデザインにかかる前に、どのような準備をされましたか?

ジョン・T・フーリハン(以下H) 新たに加わる外部パーツについて徹底的に学んだ。この光学センサーはどう機能するのか、場所をどれくらいとるのか、どの位置に置くのがベストだろう? とね。ユーザーインターフェイスを知り尽くす必要があった。コーディングなどコンピュータの知識は特に要求されなかったね。



ーー当時『データリンク』へデータ入力する際には、今のようにキーボードやマウスなど便利なものを使って入力できません。デザインをする上で、片手で操作できるという点含め人間工学的な挑戦も多かったのではないでしょうか。

H そう、要求や意見が山ほど寄せられ、その都度マーケティング部と話し合ったものだ。カリフォルニア州クパチーノにアルゴリズムを書く担当者がいたのだが、そのアルゴリズムによってどのボタンをどう押すという事も決まってくる。彼とやりとりを重ねながら、数が多すぎるだろうか、どこに配置すべきか、等々話し合ったものだ。どんなユーザーインターフェイスにするかの決定権は、常にマーケティング部のマリオ・サバティーニにあったがね。



ーーユーザーがどこまでついてこられるか、サバティーニさんはマーケ部の立場から熟知されていたのですね。ところでお話に挙がったクパチーノ(*1)は、今やシリコンバレーの心臓部です。タイメックスの施設が当時、あったのでしょうか?

H そうだ。タイメックスは、1986年頃にはクパチーノにある小さな建物の中で、コードを書いたり回路やディスプレイを開発していた。製造やエンジニアリング以外の、テクニカルな部署のための施設で、私たちはデジタル時計を開発していたんだ。ユーザーがインターフェイスをどう使うか、どのボタンを押すか、ディスプレイはどうするか、といった研究をするためにね。

 マリオと私も年2,3回はクパチーノに出向いてはしばらく過ごしたものだ。なかなか気持ちの良い土地だった。今でこそ地面もきれいに舗装してあるが、あの頃はまだプラムの果樹園が広がっていたりしたものだよ。信じられるかい?

当時まだ小さかったアップル社がクパチーノにやって来たのが、1992年。タイメックスの施設は、その後アップルが購入したんだよ!

*1 カリフォルニア州サンタクララ群に属する都市。"スティーブ・ジョブス最後の作品"ともいわれるアップルの巨大本社施設「Apple Park」がある。



ーー天下のクパチーノで、タイメックスがアップルの大先輩だったとは! アップルウォッチのデビューが2015年、それから21年も前に『データリンク』をこの世に送り出していた先見の明につながるように思えます。

 さて、ここに大変興味深いスケッチがあります。1992年にお描きになられた幻のウォッチということで、『データリンク』発表から2年も前にも関わらず、なんとキーボード搭載。指先でカチカチと入力できるようになっているのですね。そして何より、大変スタイリッシュです。

H 『Gauntlet』だね! これは当時、社内で騒がれたものだよ。



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※フーリハン氏による1992~93年のスケッチの数々。携帯電話やパソコンですらタッチスクリーンやトラックボールなどがまだ一般的でない時代背景を考えると、当時としてもかなり先進的なデザインであることがうかがえる。



ーースケッチでは、ディスプレイにジョン・ノイマンとありますが、これはかの高名な数学者ジョン・フォン・ノイマンへのオマージュでしょうか。

H その通り。この『ゴーントレット』は元祖スマートウォッチ的な試みだった。ベルト部分はカフのようになっている。バングルのような形状でスプリング仕込みでパチンと開閉しては、手首にそのまま固定されるようにした。商品化には至らなかったが、新しい試みというのはなかなか通りにくいものなんだ。これなどまだ大人しい方だったんだがね(笑)。

『データリンク』は非常に賢いコンセプトだった。しかも実際に見事、機能したのだから素晴らしい。



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※国際宇宙ステーション(ISS)最初の長期滞在ミッション「エクスペディション I」で司令官を務めたアメリカ航空宇宙局/NASAの宇宙飛行士William M. Shepherd氏。ISS内で撮られたNASAの公式写真に写る同氏の右腕にはオメガのスピードマスター、左腕にタイメックスのデータリンクを見ることができる。

Photo: NASA



次回はフーリハンさんに「今、時計をデザインするとしたら?」というテーマで伺います。

※年末年始のため、次回更新は2021年1月予定です。

Vol.1 伝説の時計デザイナーの少年時代。/ BEGINNINGS: PASSION TURNS TO PROFESSION