Fundamentals Redefined for the Next Design
Vol. 5 フーリハン氏が考える、未来の時計とは。
visual courtesy_ John T. Houlihan
interview_ デヴィッド・G・インバー / David G. Imber
text_ 吉田実香 / Mika Yoshida
1971年から20年以上に渡り、時計のデザインに携わってきたフーリハン氏。秘蔵のエピソードは? 2021年の今、自分がもし時計を作るとしたら? そんな質問に快く答えてくれた。
名優ポール・ニューマンとタイメックス、
幻のコラボレーション?
ーーところで現役時代には、諸事情から惜しくも実現に至らなかった「幻の時計」が少なからずあったことでしょう。特に印象深いものについて教えて下さい。
ジョン・T・フーリハン(以下H) 90年代半ばのこと、俳優のポール・ニューマン(*1)が時計の企画を持ち込んできたことがある。外部からの売り込み相手に、タイメックスは自社の専門家をわざわざ会いに行かせたりしないのだが、相手がポール・ニューマンとなれば話は別だ。彼の自宅はタイメックス社からそれほど遠くもなかったしね。
ニューマンのアイデアは、セットした時刻に作動するタイマーだった。ビーチや小川で拾った小石のようなサイズや形、感触にしたいという。なにも目新しい発想ではない。大半のデジタル時計にはストップウォッチやタイマー機能がすでに備わっている。だが、これはタイマーに特化したデバイスだという。『ニューマンズ・ナグ』という商品名まで用意してあった。ナグとは急かす、促すといった意味を持つ。
ポール・ニューマンは『ニューマンズ・オウン』という食品ブランドの経営で大成功を収めていた。その収益は青少年のキャンプや恵まれない家庭の子どもへの寄付に充てられる。食品の慈善事業で大きく身銭を切った分、『ニューマンズ・ナグ』では利益を得たいと望んでいた。もっともな話だ。
私たちはコネチカット州ウェストポートにある彼の自宅を訪れた。映画にまつわる貴重な品々を見せてもらい、奥方のジョアン・ウッドワードがアカデミー賞を受賞した際のオスカー像も持たせてくれた。とても重かったね。ニューマンは気さくで感じがよく、映画のキャリアの話より趣味のレーシングカーの話を延々したがる、いたって「普通」な人物だった。
有名人の自宅を訪れるのは心ときめく経験ではあったが、時計のアイデアそのものは残念ながら弱かった。だがその場で即答はせず、会社に戻ってから勤務時間外で『ニューマンズ・ナグ』に取り組んでみた。つるっとした小石のような形というのが面白かったし、デザインしてみる価値のあるユーザーインターフェイスに思えたからだ。上層部にスケッチやモデルをプレゼンしたものの、彼らを動かすには至らなかった。そのまま『ニューマンズ・ナグ』は立ち消えとなったのだよ。
考え抜かれたフォルムや素材が生み出す
エレガンスこそ、未来の時計だ。
ーーこうした知られざる伝説が、タイメックスの歴史には刻まれているのですね。ところで、時計デザインの現場から長らく離れられている事をふまえた上で伺いますが、時計は今後どんなものになると思われますか?
H 難しい質問だね。というのもスマートウォッチはアップルの独占市場だから、タイメックスにせよ他社にせよ、同じ土俵で挑むには技術や人材に甚大な投資が求められる。だが一般的な時計に関して言えば、これからの時計はエレガンスを重んじる、ジュエリー的な存在となるだろう。厚みは薄くなり、アップル社のように針の無いディスプレイで、アナログ表示にも自由に変えられたりもする。さらに進化させて、手首に「eインク」で時計を"タトゥー"して機能させたりも......? ただしその場合、取り替えが効かなくなるがね。これが私の想像する「未来の時計」だよ。ジュエリーのようだが、高級な貴金属を用いた高価な品ではない。一般に手の届く価格帯でありながら、考え抜いた「フォルム」や素材、ディスプレイによって、所有したいと思わせるエレガンスが備わるのだ。
ーー貴方がもし今、時計をデザインするとしたら?
H 本格的なスマートウォッチを作る条件下には無いという前提で、もし私が今デジタル・ウォッチを作るとしたら、全く新しいフォルムを生み出したい。これまでになかった形で手首にフィットし、独自のクラスプも開発する。着ける人の気分によってディスプレイの色が変化し、デジタルからアナログ表示へと自在に切り変わる。ちなみにLCDディスプレイの時計が今どれだけ作られているのかわからないが、OLED(有機ELディスプレイ)は良いね。文字通りあらゆる絵柄やシェイプ、数字を表現できるんだ。タッチや音声でオンになる機能も付けたいね。
※タイメックス社を離れた後、フーリハン氏が個人的に思い描いて楽しんだ「夢の時計」の一つ。自由な遊び心が楽しい。
※こちらも「夢の時計」のコンポジション。フーリハン氏のこだわりは、自然と腕の一部になるようなベルトにある。
ーー機能よりも、感覚的な側面を追求するということですね。今の時代、時計を身につけることの魅力とは何でしょうか。
H 私のような世代にとっては、時計は着けて当然のもの。若い人々にとって時計というのは、装いに加えることによって普段の自分から切り離してくれる「特別な何か」だろう。いわばカフリンクスのようにね。時計デザインの根本には、身につけるモノは個性の表現であり、本人が心の底から気に入らないければならないという前提がある。その時計をいかに着こなすか。クルマ同様、時計はスタイリングにかかっている。人体にフィットするよう時計に施されたデザイン上の細やかな配慮こそ、優れたスタイリングには必須なのだ。
ーーデザイナーは常に先を読み取らねばならないのですね。
H セールス部門は「これが売れたから」と過去に縛られる。マーケティング部門は「今、求められるのはこれだ」と現在にしがみつく。それに対し、「今ここ」を織り交ぜながらこれから見えてくる一歩先の「未来」を示すのがデザインなのだよ。
次回はシリーズ最終回。フーリハンさんが「15の質問」に答えます。
*1 『ハスラー』『明日に向かって撃て!』『スティング』などの名作映画で知られるアメリカの俳優・監督。ジェームス・ディーンなどと年代も近く、アカデミー賞3度のほか、多くの受賞歴を誇る。
私生活では本インタビューにある慈善活動『ニューマンズ・オウン』の運営以外に、プロ・レーサーとしてポルシェに乗り「ル・マン24時間耐久レース」で総合2位となるなど自動車レースにも情熱を注いだ。
ポール・ニューマンが妻からプレゼントされた時計、"エキゾチックダイアル"と呼ばれる白文字盤に黒いインダイアルの1960年代製ROLEXコスモグラフ・デイトナは特に『ポール・ニューマン・デイトナ』として知られ、2017年にオークションで時計として当時およそ20.3億円の史上最高額で落札された。1980年代から2000年代を通して同氏が着けていた別のデイトナは今年10月、およそ5.7億円で落札された。
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